2011年8月アーカイブ

清潔にはもうひとつ、意外な効果。


どうすれば清潔に見えるか?


目の下のくま 治療をしたほうが清潔感が出る?


ともかく毎朝それを考えながらメイクと身つくろいをするようにしてほしい。


最初のうちは"今日は全身マッ白で決めるか"なんていう安易なことしか思いつかないだろうが、毎朝続けると、自然に清潔でないことが許せなくなる。


しだいに"清潔のセンス"が身についてきて、やがて清潔にすごみが出てきます。


そうなったら、もう本物。


身なりが人を変えるという事実は確かにあって、その頃には正真正銘、心の中まで清潔になってるはずだ。


たとえは悪いが、先祖のお墓参りをしたあとや、ボランティアで何かした時は、妙に心が落ち着き清々しい。


じつは形だけでも清潔にすると、それと同じように、その日一日心が落ち着き清々しいのだ。


何だか静かな幸せを感じてしまうという証言が多く聞かれる。


これを繰り返すうち、本当に心に平和が訪れる。


なぜかとてもいい人になってしまう。


清潔な自分をつくると、心までマリア様っぽくなる。


偉大なる清潔は、心にまで効くのです。


これは"見た目"時代の最大の収穫。


見た目が先だっていい。


形から入ったあとで中身を合わせていく、それでいいのだ。


いい人になるためにキレイになるのです。


これが最高の美容なのだから。

つけなさすぎの悲劇について。

ひと昔前「マナー以前の問題」と言えば、それは、鼻をつくような強い香りを放つことだったが、今や「マナー以前」というと、その逆、つけているのにちっとも香っていない、マナーをあれこれ言うレベルまで行っていない人を指すようだ。

香りが軽い上に、ひとり目立って香ってしまうことへの不安から、"貧弱な香りづけ"をする女性が、じつはとても増えているのだといいます。

つけすぎと違って、つけなさすぎは誰に迷惑をかけるわけでもないが、ほどよく香っているつもりが、実際には何も香っていなかったとしたら、やっぱり悲しい。

じつはメイクや目の下のクマ 治療でも同じようなことが起きています。

鏡の前で一生懸命メイクしていても、何もついていない、ほとんどキレイにはなっていない女性が増えていて、これは長く続いたナチュラルメイクの後遺症なのだとか。

じゃあ、香りの場合は何なのか?

これはどうも数年前から続いている"匂いの否定"に原因がありそうだ。

自分の体から匂いを徹底的に排除していくあの潔癬症候群が、若い女性の嗅覚を必要以上に敏感にしたという説だ。